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コースト

アウター・バンクス Outer Banks

写真:アウター・バンクス Outer Banks

州の東海岸北側に、90マイル(約144km)にわたって細長く連なる美しい島々をアウター・バンクスと呼んでいます。それぞれの島へは橋やフェリーで渡ることが出来ます。島の西側では、広大な入り江を見渡すことが出来ます。東側は、大西洋の白い砂浜になっています。海水浴、セーリング、磯釣り、沖釣り、ウィンドサーフィン、カイト・ボーディング、ハング・グライダー、スキューバ・ダイビングなどが楽しめます。また、キティ・ホークに建つライト兄弟記念碑、ハッテラス岬の灯台なども人気の観光地です。

 

ライト兄弟記念碑 Wright Brothers National Memorial

写真:ライト兄弟記念碑 Wright Brothers National Memorial

オリヴィエとウィルバーのライト兄弟が人類初の動力飛行を夢見てノースカロライナを訪れたのは1903年のことです。兄弟はここキティ・ホークで、その夢を見事現実のものとしました。その栄誉を称え、この記念碑は国立公園となっています。ここを訪れると、ファースト・フライトの丘や、着陸地点、彼らゆかりの展示物、歴史などを見ることが出来ます。2003年12月には、ブッシュ大統領列席のもと、100周年記念祭が盛大に挙行されました。

 

ハッテラス岬国立海浜公園 Cape Hatteras National Seashore

写真:ハッテラス岬国立海浜公園 Cape Hatteras National Seashore

ハッテラス岬は、白い砂浜に囲まれた美しい島にある国立公園で、さまざまな開発から保護されています。周辺にはたくさんのレクリエーション施設やキャンプ場などがあり、町にはホテルなどの宿泊施設もあります。ビーチは自然のまま保たれ、リラックスすることが出来ます。アウター・バンクスからこの海浜公園まで道路が走っています。

 

クリスタル・コースト Crystal Coast

写真:クリスタル・コースト Crystal Coast

東海岸の中ほどに、いくつかの町に跨って広がるビーチ・エリアは、クリスタル・コーストと呼ばれ、静かで寛げる、家族連れに人気の観光地となっています。入り江での海水浴、セーリング、釣りが楽しめ、よりアクティビティな人々には、大西洋でのアトラクションがあります。漁業も盛んなため、新鮮なシーフードを目当てに多くの人が訪れます。

 
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ルックアウト岬国立海浜公園 Cape Lookout National Seashore

写真:ルックアウト岬国立海浜公園 Cape Lookout National Seashore

ルックアウト岬国立海浜公園は、アウター・バンクスの南端に位置し、クリスタル・コーストの最北端になります。他の国立公園同様、保護区域になっているため、アクセスは容易ではありませんが、人々はボートで訪れ、静かなビーチ、美しい風景、めずらしい野生動物など、自然そのものを楽しんでいます。ここには有名な野生の馬も生息しています。

 

ウィルミントン周辺のビーチ Wilmington Area Beaches

写真:ウィルミントン周辺のビーチ Wilmington Area Beaches

東海岸の南部に位置するウィルミントンは、海岸周辺では最も大きい都市で、州の主要な港であるウィルミントン港もあります。そのため、ノースカロライナでは最も人気の海岸となっており、サンセット・ビーチなどの静かな村から、活気あふれるライツビル・ビーチまで、雰囲気は多様です。州最南端の町カラバシュは、新鮮なシーフード料理で世界的に有名で、毎夜多くの人々が夕食に訪れます。

 

沖釣り

写真:沖釣り

近くを通る暖流・メキシコ湾流に乗って、多くの魚が北上して来るため、ノースカロライナの海岸は、沖釣りで人気の場所となっています。釣り客は様々な魚を釣ることが出来ますが、中でも人気は、キハダマグロ、ハタ、メバル、タイ、マヒマヒなどです。スポーツ・フィッシングで賞金を狙う人々のターゲットは、ブルーマーリンです。

 

トライオン・パレス Tryon Palace

写真:トライオン・パレス Tryon Palace

独立戦争以前、ノースカロライナがイギリスの13の植民地のうちの一つだった頃、植民地の首都は、ノースカロライナの海岸近くの町ニューバーンでした。イギリス人であった当時のノースカロライナ知事・ウィリアム・トライオンが、公共工事として1770年に建てたのが、このトライオン・パレスです。この宮殿は、ロンドンにあったジョージア風の邸宅を真似て作られました。トライオン知事は、独立戦争が始まる1775年まで、実際にこの宮殿に住んでいました。その後建物の様式は変化しましたが、後年、新たに1770年代当時と同じように改築され、博物館として公開されています。

 
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